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本当は怖い!?−「肩の痛み」について

  1. >はじめに
     みなさんは首や肩が凝ったり、動かすと痛みがあるときに、単なる「肩こり」や「五十肩」などと軽く考えることはありませんか?
    たいしたことはないように思えても、意外に重篤な病気が隠されていることがあります。
     いわゆる「軽い」病気から、「本当は怖い」病気まで、わかりやすくご説明申し上げます。

  2. >筋性頸肩腕痛(いわゆる寝違いを含む)
    頚肩腕症候群と称されるものですが、首・肩の「痛み」と「こり」の原因のほとんどが、これと五十肩、外傷による頚椎捻挫に含まれます。
    原因:頚肩腕部の筋肉の疲労がもっとも多い原因です。頚肩腕部には多くの筋肉が複雑に重なり合って頚肩腕の動きを制御していますが、これらの筋群に運動などの過度のストレスがかかったときに痛みやコリが発症します。
     また単純な筋肉の疲労以外にも、精神的に過度に緊張することが長く続く場合にも発症します。たとえばパソコンの過度に使用したときの頚肩腕部の痛みや、電話交換手のかたの肩こりなどが含まれます。精神的なストレスが長く続いた場合も同様です。ただ個人差があり、生まれつき頚肩腕部の筋力が弱い人や性格的に緊張しやすい人に多い傾向があります。また、頚椎が長い、すなわち首が細くて長い人にも多いです。鶴のように長い首は肩こりになりやすいといえます。肩こりが女性に多い理由のひとつです。
     発症のメカニズムとしては、頚肩腕部の筋肉のリズミカルな動きが緊張状態や過度の筋肉使用で乱れたときに、筋肉の血流量が低下、乳酸などの疲労性老廃物が蓄積し、これが筋肉疲労となって局所的な痙攣や筋肉の硬結(いわゆるコリ)となって、これがまた筋肉の血流量の低下、乳酸などの疲労性老廃物の蓄積を増強する、という悪循環となってめまい、頭痛、吐き気をともなうような慢性の頚肩腕痛になっていく、というものです。

    診断:後で述べます五十肩、外傷による頚椎捻挫、変形性頚椎症、頚椎椎間板ヘルニアなどの疾患をまず除外する必要があります。この病気は、積極的に診断するのではなく、ほかの疾患が除外されたときに確定するものです。運動麻痺や知覚麻痺、腱反射の異常などの神経学的な所見に異常がなければ多くの場合診断は比較的容易です。

    治療:保存的治療が選択され、手術的な治療がおこなわれることはまずありません。

    物理療法:温熱療法、低周波療法、指圧マッサージ鍼・お灸など

    運動療法:頚肩腕部のストレッチングや筋力増強運動 心理療法:ストレスからの開放 職場環境や人間関係の改善  薬物療法:消炎鎮痛剤  筋弛緩剤 漢方薬 シップなど  ブロック治療(いわゆるペインクリニック):神経ブロック トリガーポイント注射など

  3. >肩関節周囲炎 有痛性肩関節制動症―いわゆる五十肩
     肩が痛くて手をあげたり、髪をといたりするのが苦痛であったり、夜間うずいて眠れないなどの症状で病院にこられます。重症化して肩関節可動域が制限された状態を、有痛性肩関節制動症いわゆる五十肩といいます。名前のとうり、中年以降に多く、男女差はありません。
     老化などの原因により肩関節のまわりの腱(けん)や関節包などの骨以外の軟らかい組織が硬くなり、筋肉の拘縮やけいれんによる痛みで関節の運動が制限された病態をいいます。
     治療は、筋性頸肩腕痛に準じておこないます。放置しておくと肩関節が固まってしまい(関節拘縮)まったく動かなくなってしまいます。これを凍結肩といいます。したがって痛くとも関節を動かす運動訓練―関節可動域改善訓練を、筋力増強訓練と同時に行う必要があります。 最近は、肩関節の中に、ヒアルロン酸を注射して、傷んだ軟骨をいわば修復再生する新しい治療が効果をあげています。

  4. >外傷による頚肩腕痛
     交通事故にともなう頚椎捻挫、いわゆる鞭打ち症などのはっきりとした外傷による痛みです。寝違えによるものも含まれます。原因がはっきりしておりますので診断は容易です。治療は 筋性頸肩腕痛に準じておこないます。

  5. >変性変形疾患にともなう頚肩腕痛
     頚椎においては、変形性頚椎症、およびこれに起因する頚椎症性神経根症や頚部脊柱管狭窄症、頚椎後縦靭帯骨化症などです。頚椎やその周囲組織が加齢などにより変形変性骨化し、これが神経根を圧迫して痛みやしびれ、こりなどの症状を発言します。肩関節においては、変形性肩関節症、変性性腱板断裂など、肩関節自体の老化や 肩関節のまわりの腱(けん)や関節包などの骨以外の軟らかい組織の変性硬化などに起因する症状です。変性疾患ですから、比較的高齢者に多くみられます。これらの疾患は、いままでのものと違うところは、リハビリテーションや薬物療法などの保存治療が基本ですが、場合によっては手術的治療が必要となるということです。 頚椎症性神経根症や頚部脊柱管狭窄症では進行すると、圧迫された神経が麻痺をおこして、手足が動かなくなる運動麻痺をおこして歩行困難となったり、排便排尿ができなくなったりする膀胱直腸障害をきたすことがあります。
     またかならずしも変性疾患とはいえませんが、腰に多い、椎間板ヘルニアが頚椎にも発症することがあり、この場合も、病状によってはヘルニア摘出術などの手術が必要となります。今回は詳しくはご説明しませんがいずれも整形外科専門医による治療と診断が必要です。

  6. >ときに初発が首・肩の痛みや肩こりが主な症状となるために見逃されやすい重篤な病気
      実はこれからが今回のお話のもっとも肝心なところです。

     単なる首・肩の「痛み」と「こり」とおもっていたら重大な病気だった、ということが臨床の場ではよくあります。主な病気についてご説明します。

    1. 腫瘍
       わたしたち整形外科専門医が見逃してはならないのは、腫瘍性疾患です。脊髄や脊椎、肩関節周辺の鎖骨、上腕骨などに原発性または転移性の腫瘍が発生した場合、最初に首肩の痛み、肩こりの症状として現れることがよくあります。わたしが以前経験した症例では、上腕骨原発の骨腫瘍を肩こりとしてマッサージをうけていて骨折して当院にこられた、ということがありました。関連の整形外科専門病院に紹介して大きな手術をうけていただくことになりました。腫瘍には、悪性と良性の腫瘍がありますが、いずれにせよ整形外科専門医による診断と治療が必要なことはいうまでもありません。また、肺の上部先端付近を肺尖部といいますが、ここに肺がんなどが発生した場合、首肩付近の痛みとして感じられることがあります。わたしが開業してまもなく、中年の男性が、近くでマッサージと電気治療をうけていたが、肩の痛みがなおらない、ということでこられました。頚椎のレントゲンには特に異常がないにもかかわらず、激痛があり、椎間板ヘルニアなどを疑ってMRIを撮影したところ、たまたま肺尖部に肺がんが写っていて診断をつけることができました。MRIをとらなかったら、見逃していたかもしれない症例でした。このかたはすぐに専門医におくって肺がんの治療をうけていただきましたが、かなり進行がんであったため、残念ながら手遅れとなってしまいました。もっとはやく受診していただいていたら、と悔やまれてなりません。

    2. 循環器疾患
       狭心症や心筋梗塞が左肩に放散するきりきりとした痛みで発症することがあります。
      狭心症では発作がおさまると平常にもどります。心筋梗塞では持続性の痛みとなりますが、ごく軽い場合はたんなる肩の痛み、肩こりとおもいこんでしまうことがあります。
      極端な場合、高齢者では痛み自体がないこともあるくらいです。この場合は、循環器内科専門医により、心電図心エコーなどで診断を確定することが必要です。

    3. 精神・心因性疾患
       いま社会的に問題となっているうつ病が代表的な例です。私も外来でみていて、ひょっとして、とおもって専門医に紹介して診断がついた経験があります。うつ病でもっとも問題であることは、治療がなされなかった場合、最終的に自殺という深刻な結果を招く恐れがあることです。ですから、私たち整形外科専門医も、たんに首肩の痛み、肩こりという愁訴を見た場合、ほかに夜眠れない、とか 何をするにもやる気がおきない、といったうつ病特有の愁訴も読み取る必要があります。

    4. そのほかの「肩の痛み」として症状があらわれることのある疾患
      @ ある種の代謝性疾患や重金属中毒など
      A ウイルス疾患 : 風邪、流行性耳下腺炎
      B 咬合不全 : 歯のかみ合わせが悪い場合や義歯が合わない場合
      C 多発性硬化症 : などの運動ニューロン疾患:神経麻痺をきたす末梢神経疾患
      D 頭蓋内病変 : 脳腫瘍 脳出血 脳梗塞など
      E メニエール症候群 : めまいとともに肩こりをともなうことがあります
      F 視力調整障害による肩こり : めがね、コンタクトが合わない場合など、いわゆる眼精疲労性頚肩腕痛
      G 脊髄の先天性血管奇形などによる血行障害 : 脊髄動静脈奇形など
      H 脊髄空洞症 : 脊髄に穴があいて空洞化する病気進行すれば四肢麻痺に


  7. >まとめ
     いかがでしょうか? たかが 首・肩の「痛み」や「こり」といってもけっしてあなどってはいけないことがおわかりいただけたでしょうか?
     2>から5>までは、たとえ初期にみのがしたとしても病状が進行するにつれて整形外科専門医をおとずれることで診断治療がつきますので、生命の危険まで及ぶことは稀です。
     ここでわたしが本当にいいたいのは、6>のような、一部を除いて、生命にかかわる重篤な病気が陰に隠れていることがある、そして整形外科専門医による迅速な診断と、他の専門医への紹介もふくめて、適切な治療が必要である、ということです。たかが首・肩の「痛み」と「こり」、たいしたことない、と思っていると適切な治療を受ける機会が失われる可能性があるということです。たかが肩こり、首の痛み、とあなどらずに、必ず整形外科専門医でまず正確な「診断」をうけるように心がけてください。 もし2>のような、筋性頸肩腕痛(いわゆる寝違いを含む)であれば、温熱療法や低周波電気治療などの理学療法、筋力増強訓練などのリハビリテーションやマッサージ、鍼灸などの保存療法が有効であり、気持ちよく直ってゆくのがほとんどです。でも、もしほかの病気だったら、それも生命にかかわるような重篤な病気だったとしたら。。。。。。。。。
     わたしたち整形外科専門医のほんとうの役割は、「軽い病気」の中から、「本当は怖い病気」を正確に鑑別診断し適切に治療することだ、と思っております。



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