あうと・おぶ・ばうんず


人間万事塞翁が馬

 一昨年、神戸で日本整形外科学会総会が開催されたときに、ノーベル医学生理学賞を受賞された山中伸弥先生のご講演を拝聴する機会に恵まれました。ノーベル医学生理学賞を受賞された直後とあって会場はあふれんばかりの聴衆で満員でした。

 山中先生はノーベル医学生理学賞を受賞されるまでの波乱に満ちた研究人生をふりかえって話された後,最後に「人間万事塞翁が馬」です、といわれました。

 「人間万事塞翁が馬」は人口に膾炙された諺ですが、 うろおぼえだったので、その正確な内容をネットで調べてみました。(参考資料1)

要約しますと、「城塞に住む老人の馬がもたらした運命は、福から禍(わざわい)へ、また禍(わざわい)から福へと人生に変化をもたらした。まったく禍福というのは予測できないものである。」ということです。

 山中伸弥先生は、医学部を卒業されて最初は臨床の専門に整形外科を選ばれました。しかし、臨床医にむいていないと悟られ、基礎研究に向かわれます。米国留学後帰国されたときに、あまりの研究環境の違いに、欝状態に陥るくらいだったそうです。そのときに、米国でES細胞作成に成功したニュースを知り再び研究に邁進する勇気が沸いてきたそうです。

 その後、紆余曲折があって、もう基礎研究を諦め、研究医より給料の良い整形外科医へ戻ろうと半ば決意した頃、たまたま科学雑誌で見つけた奈良先端科学技術大学院大学の公募に「どうせだめだろうから、研究職を辞めるきっかけのために。」と考え、応募したところ、採用に至り、アメリカ時代と似た研究環境の中で再び基礎研究を再開されました。それからのご活躍はみなさんご存知のとうりです。

 (高校生を対象に山中先生が研究人生について講演されたビデオについてご紹介しておきます。(参考資料2)「人間万事塞翁が馬」についても触れておられます。)

 (余談ですが、山中先生のIPS研究所には、私と同じ整形外科を専門とする医師が3人いるそうです。そのうちひとりが、山中先生そのひとです。いまでも、日本整形外科学会の現役会員です。もうおひとかたが、わたしの所属する大阪大学整形外科学教室の後輩である、妻木範行教授(平成元年大阪大卒)で、IPS細胞を用いた軟骨の再生医療を研究されており、数年以内に臨床試験が開始されるとのことです。

 身近に立派な人物がいることは誇らしいのですが、残念ながらわたしはノーベル賞とは縁がなさそうです。お酒がノーメル賞、ならすこしは望みがあるかも?)

 ひるがえって自らの過ぎこし方を想いますと、自分にとって最大の「塞翁の馬」はやはり大学受験に敗れて浪人したこと、でしょうか?平凡ですが。

 この諺の使用文例に「受験に失敗したくらいでくよくよするな。人間万事塞翁が馬というじゃないか」とあるくらいですから。

 確かに、これがあったから、その後の自分、そして今の自分がある、ということを考えたら確かにそのとうりです。山中先生には足元にもおよびませんが、自分なりに捲土重来を期してすこしは努力をしましたから。

 医者になってからも公私にわたって何度か「塞翁の馬」に遭遇しました。あのときあああなっていたら。。ああなっていなかったら。。みなさんもおもいあたることがおありのことでしょう。

 人生において何か大きな決断や選択をするときに、かならずこの「塞翁の馬」はあらわれてじっと見守っている、、そんな気がします。

 人生の節目に現れる、といえばわたしは手塚治虫氏の「火の鳥」を想起します。ここに出てくる「火の鳥」は、主人公に対してその行状を批判し、それに対して裁きを下しているように思えます。ある意味判事と検事をかねているかのようです。一方、「塞翁の馬」は、そういった厳しい目ではなく、どこか優しい目で見つめてくれている、そのような感じをもちます。

 この諺には、よいことに遭遇しても暗転することがあることを戒める意味もあります。年末ジャンボ宝くじで幸運にも7億円あたったけれども、それがために人間関係がおかしくなって不幸な転帰をたどる、、よく聞く話ですね。 勝って兜の尾をしめよ、油断大敵、といったところでしょうか?

 同じような意味の日本の諺を探しますと、禍福はあざなえる縄のごとし、が近いでしょうか?  わたしの好きな水島新治氏の漫画「あぶさん」によりますと、居酒屋の縄のれんには「禍福はあざなえる縄のごとし」の意味がこめられているそうです。今度居酒屋の縄のれんをくぐられるときにはこのことを思い出してみてください。 過ぎ越し人生の禍福を想いめぐりて杯を傾ける、、いいですね。お酒はやはり辛口純米酒のぬる燗にしたいものです。つまみは、、もうきりがないのでやめますが。

 さて、本音を申すならば、このさきこの「馬」とはもうかかわりあいになりたいとは思いません。 二十歳代の青年じゃあるまいし、厄年でもある還暦を無難に過ぎた身としては、波乱万丈の人生は金輪際おことわりしたいです。 いままで十分に堪能させていただきましたから・・・
鳥や馬に翻弄されるのはもうたくさんです。

 ちなみに神社仏閣でのわたしのお願い事は「厄除開運」でも「大願成就」でも「商売繁盛」でもありません。 お願いすることはただひとつ、「家内安全」です。

 これからは「馬」はわたしの趣味である競馬で楽しみたいですね。昨年の有馬記念、運よく万馬券とりました! おおおおおっとおおお、もしかしてあいつが現れるのか?いまのところ特に禍はふりかかってはいないようですが。。。。

(鳥は焼き鳥ですね!塩で)


最後に蛇足を。

「人間万事塞翁が馬」の「人間」 は「じんかん」と読みます。
「じんかん」とは日本で言う人間(にんげん)の事ではなく、世間(せけん)という意味だそうです。