あうと・おぶ・ばうんず


陶芸ノススメ

 ある日曜日、めずらしくゴルフにもいかず、家でくつろいでいると、家人が新聞チラシを持ってきた。見ると、陶芸教室入会案内であった。「新規オープン、一人にひとつの電動ろくろ、懇切丁寧な指導であなたも陶芸家に」といった内容であった。自宅から自転車でいける距離だったし、家内があまりにも熱心に勧めるのにほだされて、とりあえずしばらく通うことにした。以前あるテーマパークで簡単な焼き物を作ったときに、出来上がったビアマグカップで飲んだビールがやけにうまかったことを思い出したことと、陶芸家であり美食家であった北大路魯山の著書を何冊か以前に読んだことが動機といえば動機であろうか。
 北大路魯山(1983-1959)は、大正から昭和にかけて一世を風靡した芸術家である。陶芸、書画など幅広い分野で創作活動を行い、独創的な芸風を築いた。また会員制の料亭、「星岡茶寮」を経営して美食の極致を追求した、稀代の美食家でもあった。ご存じない方も、有名な漫画「美味しんぼ」に登場する、「美食倶楽部」の主人「海原雄山」のモデルといえばおわかりかと思う。
 陶芸については余り関心はなかったが、食については人並み以上に食道楽の私としては、究極の美食を追求した彼は気になる存在であった。
 ちなみに私は「美味しんぼ」は第1巻から最新刊の第84巻まで、全巻をそろえて待合室に置いている。この漫画は患者さんの間でもよく読まれているようで、許可なくお持ち帰りになるかたが多くて困っている。そのたびに補充しているが、重版を重ねているようで、すぐに手に入る。今もよく売れているのだろう。
 漫画の中で使われる「究極」という言葉がその年の(確か昭和60年だったかと思うが)流行語大賞を獲得したことや、現在に至るまでいわゆる「グルメブーム」の火付け役となったことでも知られている。
 実はこの 年は我が愛するタイガースが21年ぶりに優勝した年でもある。そしてこの原稿を書いている今年、18年ぶりに優勝しょうとしている-何かのめぐりあわせだろうか?
 話は横道にそれたが、そんなわけで今も土曜日の午後に月2回通っている。飽き性の自分にしては続いているほうかと思う。
 さて、入会して最初は2種類ある土の煉り方から教わった。讃岐うどんの粉をこねる課程に似ている。力が要る結構きつい作業であるが、ここをしっかりやっておかないと、空気が混入して焼くと割れてしまったり、焼きムラができてしまう。
 最初は初心者向けに、ロクロを使わないで、手作業で土を積み上げていってコーヒーカップを作ることになった。私はビアマグカップに挑戦することにした。しかし、注ぎ口が大きくなりすぎて、急遽ワインデキャンターに変更した。均等に土を積み上げていって、スマートな形にするには少しコツがいるようである。
 家人はうまくコーヒーカップ作成に成功したようで、自慢気であった。別にはりあっているわけではないが、くやしかった。
 次に電動ロクロを使うことになった。まわしゃいいんだろうと思っていたのがこれが意外と難しい。回転速度を調節しながら形成してゆくのだが、少しでも回転中心がずれるとおじゃんである。微妙な指の力の入れ具合を保つには精神をかなり集中しなければならない。無論雑念邪念は禁物である。結局一回目は作品をつくるところまでいかなかった。
 つぎからは慣れてくるとぐい呑みクラスの小さいものならなんとか作れるようになったが、まだまだである。陶芸はなかなか奥が深い。
 さて、陶芸を始めておもわぬ利点に気がついた。実は陶芸教室の翌日にあった、所属クラブのコンペで優勝してしまったのである。しかもネット5アンダーという自分としては上出来のスコアで。
 よく考えてみれば、今まで、コンペの前日といえば、仕事が終わって練習場に直行、ドライバーからサンドまで、4-5箱を疲れきるまでうちまくって、それでも不安をかかえながら本番に臨んでいた。案の定疲れと「こんなはずはない」という動揺で大叩きというパターンであった。(前日には練習するな、という先達の教えがあることは知っていたが)
 それがこのときは無心で土をいじっていたため、精神的に余裕があり、打ち放しにもいかなかったので、体力も温存できたことが勝因であったと考えられる。  無心に、と書いたが、土と向かい合っていると、まさに無に近い境地になれる。何も考えない、目に入らない、妄想煩悩苦悩とも無縁の世界に没入できる。3時間くらいはあっというまに過ぎてしまう。毎日時間に追われた生活をしていると、こんな時間が自分にとってこのうえなく貴重に思えてくる。
 そういえば、杉山茂男先生は能面作りがご趣味と伺ったことがある。作品もみせていただいたが、玄人はだしの実に見事な出来映えであった。先生も、無心に能面と向き合うことが楽しみであるとおっしゃっていた。
 人生いろんな趣味を持つことも結構なことである。私の場合、陶芸に出会えたことは幸いであった。時間に追われて、毎日忙しく立ち働いておられる現在人のみなさん、一度陶芸をやってみることをお勧めする。「無」の境地を少しは味わえますし、焼きあがったマグカップで冷えたビールを一杯やればうまさも格別というもの。(ゴルフも上達するかもしれません-ただしこれについては保証いたしかねますが。)

(おわり)